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小林絵里佳展 「THE SLIMY ROOM」

小林絵里佳展
「THE SLIMY ROOM」
会期

12:00 ~ 19:00(最終日は17:00まで) 休廊日:月曜日

場所

galerieH

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桜井ただひさ

Review

我々は数多の浴室に挟まれて漂う
吉田山 2022/02/02

目次

  1. 目的地にむかう We're gonna make it to sundown.
  2. 散歩 Encount
  3. 記憶(風呂掃除) Childhood memories (bath cleaning)
  4. 気持ち悪さと貸出長靴 Shared weirdness. (with Gregor Schneider's work at Yokohama Triennale 2014)
  5. 背中のニキビ Fear of the unreachable. Acne on the back. Collectives wash each other's backs.
  6. ①日の終わりに空気をかき混ぜる Stir the air!
  7. Be water.

目的地にむかう We're gonna make it to sundown.

僕はプール教室に通っている。今日は③度目の教室なのでまだ少し緊張している、なぜ緊張しているんだろう、おそらく人見知りなんだ。今日は服を着たままプールに入る。コーチと共に着衣で水泳する。服が重い、腕が重い、水中でその服を脱ぎ捨てる。自由になる。濡れた服をプールサイドに投げ置く、その濡れた服は①つの生き物のようだ。

駅に着き、地上に出ようと出口に向かう道中で、地下鉄構内での天井水漏れの補修対応を見かける。地下鉄で良く見かける、透明なシートを巧みに組み合わせて構築されたあのブツである。あのブツはよく見かけるが、誕生の瞬間に遭遇するのは初めてなので写真を撮った。水漏れや湿気、梅雨の鬱陶しさは日々あれど、このブツのように水漏れが面白さと共存していくことはある種の現代社会への反抗的態度かもしれない、と感じつつ、生命の根源である水の重要性は普段忘れてしまうもので、無くなった時渇きによって気づくのである。外へ出る、晴れた青空、雲を見つつ、Googleマップ(†1)に任せつつも、水の流れのように瞬間瞬間で違う道を選択し街を彷徨う。

おーい雲よ日暮れまで間に合えよ (「雲がゆくのは」作詞: 武田鉄矢)

⑳㉑年⑫月②日木曜日午後、東京日本橋で開催されている小林絵里佳展「THE SLIMY ROOM」へ。

散歩 Encount

この展覧会は所謂ホワイトキューブ(†2)にいくつかの作品が設置されている。展覧会のタイトルが「THE SLIMY ROOM」ということで訳すと「粘々した部屋」、作品はそれぞれ独立しているも、共通する部分としてはお風呂場や水回りに使用するチープな素材の組み合わせでスライミー感が表現されている、表現されているが実際にスライミーなブツを見てしまった時のような嫌悪感は無い。 一見した時点では気がつかなかったが、このギャラリーの壁と床の目地すべてにマーブルなコーキング材のようなものがへばり付いている。妙だ。この展覧会は壁に作品を設置するという範疇を超えたミステリーが発生している。もう少し他の作品と見比べながらその目地を見ると共通の素材が使われているということが確認できる。この①つのミステリーは展覧会の肝だということがわかった。 作品全体に通底しているお風呂場のような雰囲気とマーブルなコーキングのようなそれはカビの話をしているわけだ、もちろんリアルではなくあくまでも模造品であり、嫌悪まで感じるほどのリアリズムを持っているわけではない。であればこの装置はいったい何なのか? ブラシで黒カビをこすり落とそうとする、コーキングのカビは全く落とせない、擦ったカビの独特の匂い、匂いは記憶を呼び起こすトリガーである。

記憶(風呂掃除) Childhood memories (bath cleaning)

カビてしまったコーキング材は掃除が難しい。 粘々したお風呂場での経験、高校の頃に住んでいた家も例に漏れずコーキングがカビており、家の掃除は両親が共働きということもあり気が付いた誰かが行うという自主性に任されている。 高校①年の頃、自主的に学校を休んでいた私が、暇な時間に持て余した体力を発散する運動としてお風呂場の掃除を頻繁にしていた頃がある。普段掃除されていない浴槽、カビたコーキングを綺麗にすることは中々に骨が折れる。①日という長い時間があるので、徹底的に掃除する。身体を綺麗にするための空間を身体以上に綺麗にしていくのはなかなかのハードワークで学校を休んだ甲斐があるぜと思う、本末転倒。風呂場用の防水靴の中に水が溜まっている。入れた足が濡れてしまう、これも本末転倒。気持ち悪いので靴下と服を脱ぎ捨て、綺麗になった風呂場でシャワーを浴びる。

気持ち悪さと貸出長靴 Shared weirdness. (with Gregor Schneider's work at Yokohama Triennale 2014)

履き替える/着替えるという所作が導入部分にあることによって日常空間と浴槽は見事に切り離されてる。展覧会でもそのような経験が①度ある。横浜トリエンナーレ2014(†3)、メイン会場横浜美術館でのグレゴール・シュナイダー(†4)による「ジャーマン・アンクスト」というタイトルの作品。この作品は美術館の地下の①室に泥沼がつくられている。 今までもこの美術館にあったのか?はたまた、この展覧会のために仮設されたものなのか?というミステリーを生む作品でもある。 入り口に置いてある長靴に履き替え、その泥沼を歩くインスタレーション作品なのだが、湿度は高く保たれ、換気も悪く、その薄気味悪さに、美術館というブティックに来た我々は長靴に履き替えることで平手打ちを食らう。現実として泥沼は模造品ではなく、この空間においてカビ等の見えない生命の芽生えを感じることができる。 風呂場を洗うために履き替えた靴内の水分に触れて気づいてしまったように、美術館の地下の①室にそれは広がっていて、見えない部分の汚れやカビを発見した時のように直ぐにこの場を掃除したくなる。見えない部分への恐怖を試される。

背中のニキビ Fear of the unreachable. Acne on the back. Collectives wash each other's backs.

見えない部分への恐怖、背中のニキビのような①人ではコントロールが難しいものとどう共存していけるのだろうか? 見えない部分にカビが生える。⑱歳の頃、初めての①人暮らしを始めて、半年後にベッドの裏がカビで樹海のように変貌を遂げていたことがある。見えない背中のニキビを鏡で見つけてしまった時の自分自身の背中に深淵を感じた思春期の記憶がフラッシュバックする。 しかし、見えない背中のニキビはコレクティブ (†5)に属する者同士で背中を洗いあう事ができる、それはコレクティブの利点でもある。風呂の時間を共有することは家族や親身な関係であろう、それぞれ手の届かない場所を洗いあうというユートピアを想像する時間として考えていくこともできる。話を反転させよう、カビ自体がコレクティブかもしれないという話である。

①日の終わりに空気をかき混ぜる Stir the air!

カビというコレクティブは生存するために新しいコミューンを増やすべく空気中に胞子を飛び散らし様々な村を誕生させる。我々はそのカビを根絶やしにしようとする。この思考実験によって権力の反転が起こる。どちらでもあるという双極的な思考によって、自身がカビなのか人間なのか、権力側なのか革命軍なのか、不確かになっていく。そのどちらにしても、とにかく風穴を開け、空気をかき混ぜる、どちらの立場でも風通しのよい環境が良い。私たちの身体から発散される蒸気や、風呂場のコーキングのカビ、泥沼、それを我々という鑑賞する身体が通過し、その身体は最後にシャワールームにたどり着く。

‘風呂は命の洗濯よ’ (新世紀エヴァンゲリオン)

混乱の命を洗濯し、寝床に収まりに向かう。 寝汗も放置していてベッドの裏が樹海のようになる。

Be water.

そもそも、元来美術作品と美術館は水気を排除してきた。文化を裏付けるための物体(作品)を保存する上では湿気は大敵である。しかしながら、我々の文明は水辺から広がっていった。カビの発生条件は人間の生活と表裏一体であり、物の保存というのは水辺での生命のサイクルとは性質が真っ向からぶつかり合う。カビが生えてしまうことは四大文明(†6)が同様に川辺で発展したことと相似の関係でもある。 グレゴール・シュナイダー作品のように美術館外部で革命や文化は発生し、発展していく、それはベッド裏のような見えない部分でカビが生えて育ってしまうことと似ている。権力側としては目視できない/コントロールできない事への恐怖ともなる、カビは革命のメタファーなのだ。この展覧会「THE SLIMY ROOM」を凝視していると単なる気持ちの悪い空間というだけではない、人間が持つ矛盾や弱さの骨格が見えてくる。

†1―グーグル マップ、英語: Google Maps)は、Googleが提供するウェブマッピング(英語版) プラットフォームであり、コンシューマー向けの地図アプリケーションである。衛星写真、航空写真、ストリートマップ、道路の360°のインタラクティブパノラマ(英語版)ビュー(Google ストリートビュー)、リアルタイム交通状況、徒歩、車、飛行機(ベータ版)、公共交通機関による移動のルート検索(英語版)などを提供している。2020年現在、Google マップは毎月、世界中の10億人以上のユーザーに利用されている(Wikipedia「Googleマップ」の項目より。)
†2―ホワイトキューブは1929年開館のニューヨーク近代美術館(MoMA)が美術品に集中して鑑賞するための内装として取り入れたことが最も有名な話であるが、この記事が何層も踏み込んだ内容となっているHow the White Cube Came to Dominate the Art World
†3―横浜トリエンナーレは、横浜市で3年おきに開催される現代美術の国際展覧会。 1999年に横浜トリエンナーレ組織委員会が設立、2001年に第1回目の展覧会が開催された。トリエンナーレとは3年に1度開催される美術展であるが、第2回展は資金や会場などの都合で2004年に開催できず、翌2005年に開催した。(Wikipedia「横浜トリエンナーレ」の項目より。)
†4―グレゴール・シュナイダー(1969-)はドイツ出身の国際的なアーティスト、建築物内部に別文脈の空間を再現し、鑑賞者が体験する空間インスタレーションを世界各地で発表している。
†5―コレクティブとはこのテキストでは集団や共同体、そしてアートコレクティブをイメージしている。共同体とは国や血縁、理念などで結ばれた集団であり、アートコレクティブとは個人主義とは別の仕方でアート制作を試みる複数のアーティストによる共同体である。
†6―世界四大文明(せかいよんだいぶんめい)は、歴史観・文明観の一つ。人類史上で最初に起きた文明は、メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・中国文明の4つであり、以降の文明はこの4つの流れをくむ、という仮説的な考え方をさす。「四大河文明」とも言われる。学術的・定説的な用語というわけではなく、提唱者すら不明な、通俗的・慣習的な用語である。国際的な用語ですらなく、20世紀以降の日本や中国でのみ用いられる。国際的には、「四大文明」ではなく「文明のゆりかご」(Cradle of civilization)という。「文明のゆりかご」は、肥沃な三日月地帯を念頭に起きつつ、長江文明・メソアメリカ文明・アンデス文明なども含み、明確な数も決まっていない。(Wikipedia「世界四大文明」の項目より。)

Profile

富山県うまれアルプス育ち、東京在住。FLOATING ALPS合同会社代表。 現在は散歩詩人(HIKER)としてフィールドワークを行い、その一環として展覧会企画やアートスペースの運営等活動中。2018年から「同路上性」をテーマに掲げるギャラリー&ショップFL田SHを渋谷区外苑前に立ち上げ、展示の企画と運営をおこなう、現在は場所を失ったFL田SHを背負い都市を漂流し、各地で展覧会を企画している。パフォーマンスコレクティブであるKCN (kitchen) のメンバーとしても活動している。

【 空間 】 2021- ギャラリーTOH ディレクション 2018- FL田SH立ち上げ、ディレクション

【 展覧会企画 】 2021- のけもの (元錬成中学校屋上/東京) 2021- FLUSH-水に流せば- (EUKARYOTE/東京) 2020- 楕円のつくり方 -May the ellipses be with you-(ANB tokyo 4F/東京) 2020- 「芸術競技」+「オープニングセレモニー」 (FL田SH/東京) 2020- 「台所革命 January revolution」 (渋谷PARCO Gallery X/東京) 等。

【 参加展覧会 】 2021- トミノ見えざる手 (eitoeiko/東京) 2020- インストールメンツ (投函形式/住所不定) 2020- 鱗が目 (オンライン) 2018- 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018 (新潟)

【 メディア掲載 】 2021- 美術手帖 2021年2月号 「ニューカマー・アーティスト100」